比婆山は長大な中国山地のほぼ真ん中付近に位置する。中国山地と言えば浸食の進んだ老年期の山として知られ、山容が丸く穏やかなのが特徴だ。そして比婆山と言えば、イザナギ・イザナミの神話伝説で知られ、山中は史跡に事欠かない。ご両所が対峙したと言う大岩の関門や、叩けば太鼓の音がする太鼓岩など、親切な案内板付きであちらこちらに点在している。
中でもイザナミのお墓とされている山頂を御陵と呼び、ここが比婆山一帯の主峰の扱いになっている。ブナの純林(天然記念物)に覆われた、至極なだらかなピークだ。山頂部には針葉樹であるイチイの巨樹数本が唐突に生えていて、イザナミの石棺とも言うべき数個の巨石を抱くように生い茂り、神域を構成する。
もうひとつ外せないのが池ノ段と称するやはり緩やかなピークだ。ここは灌木帯で360度の大パノラマが広がる。四囲は山・山また山。それもすべてがたおやかな中国山地で、うねるような山の群れは、アルプスとは真逆、丹沢や奥多摩辺りでも見られない穏やかさ。中でも目を引くのが先刻登頂した御陵だ。淡いグリーンの中に「頭の上に毛が三本」風に黒々した針葉樹が数本突き抜けている。これこそ先のイチイの巨木群に他ならない。
近隣にはイザナギがイザナミを「吾が妻は……」と偲んだと言う吾妻山があり、こちらは日本三百名山に指定されている。比婆山核心部からは外れているが、山麓に国民休暇村があり、そこからなら2時間足らずで往復できるので観光気分の人にもお勧めだ。休暇村周辺の緑したたる池巡りも爽快そのもの。
さて比婆山は知らなくとも、怪物「ヒバゴン」と聞いて記憶のある方もおられるだろう。1970年代初頭に比婆山山麓で何度か目撃された全身毛むくじゃらの怪人、雪男の日本版と言ったところだ。全国版のニュースとなって誌面やテレビを賑わせた。老齢の野猿を見誤ったのでは、など諸説あったが、結論を見ずに数年で収束、その後は何もなし。
神話の伝説とお騒がせ伝説と。奇しくも比婆山は、何かと因縁めいた人間臭い名峰なのである。
◆おすすめコース
立烏帽子駐車場-御陵-池ノ段-駐車場(3時間:初級向け)
※吾妻山は、国民休暇村「吾妻山ロッジ」を拠点にすれば、ハイキングマップも用意されている。
池ノ段から見る比婆山、中央の黒っぽい樹木に注目(上の画像をクリックすると大きく表示します)
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図55「大山・蒜山高原」