世界一のギャンブル大国日本には、20兆円産業といわれるパチンコ・スロット店が約1万店存在します。ギャンブル依存症者の8~9割がパチンコやスロットでの依存症です。アルコール依存症に比べ、ミーティングに乗りにくい等、治療プログラムが難しく、回復には長い時間を費やします。〝ドヤ街〟寿町で働く精神科医、越智祥太さんを訪ねました。
職員が深く関わる施策。自治体が住民を破綻に貶めることは悲劇です
「依存症者一人ひとりの背後に、大勢の家族、子どもたちがいることに思いを馳せて、住民本位の行政の実現という原点を忘れずに、横浜市職員の皆様から、市長に『カジノをつくらないでほしい』という声を上げていただきたい」
患者との人間的な関わりを大切にしてきた臨床医らしい柔らかな語り口の中に、静かな怒りが滲んでいます。
20年以上〝ことぶき〟で精神科医をして、多くの依存症者と出会いました。
リーマンショックのあたりから、若いギャンブル依存症者の増加を実感しています。
「すごく真面目なのに人間関係が苦手な、発達障害とされやすい人にギャンブル依存症の合併が目立ちます。生活のほかのことには積極的になれず、ギャンブルでしか快感を得ることができないように、脳の変性にまで至ってしまいます」
人は、ドーパミンという神経伝達物質(脳内ホルモン)の働きによって中枢神経が興奮し、快感を覚えます。高揚感をギャンブルでしか得られないために更にギャンブルにのめり込み、生活破綻まで追いつめられてしまうのがギャンブル依存症です。
越智さんは「すべてがゼロになって、ひとりぼっちになる」と説明します。
「仕事が少し続くと、ギャンブルにつぎ込んで貯めたお金を失ってしまう。借金を繰り返し、家族も友人も失ってしまう。頑張ってきた自信と経験の積み重ねも失ってしまう。孤独に野宿生活を送り、寿町にたどり着いた人を何人も見てきました」
標的は庶民。進むAI化
カジノは高確率で依存症を発症させます。
「競馬や競輪などでは、あまり依存症になりません。レースとレースの間に時間が空いて冷静になるインターバルがあるからです。パチンコやスロットはマシンが相手なので、そうはいきません。どのタイミングで〝出る〟と快感を得るのか、どのくらいの間〝出ない〟と深追いするのか、すべて科学的に分析され、コンピュータ制御されています。そのAI化がさらに進んだのが外資系カジノのスロットマシンです」
事実、カジノの収益を誇るのは、富裕層むけのバカラやルーレットではなく、庶民を狙ったスロットをはじめとするマシンです。
年金すら収奪する強欲資本
カジノが演出する〝非日常〟も、越智さんが「依存症は自己責任でない」と言い切る所以です。
「空間が洗練されて、薄暗く、まるで迷路のようで窓も時計もない。お手洗いは奥にあって、たどり着くまでに様々なマシンが魅了します。現金のやりとりをしないのも現実味をなくさせる仕掛けですね。カジノは依存症者製造装置と言っていいでしょう」
横浜駅と蒲田~大森で夜回りをしています。住居喪失状態にある住民の中に、高齢のギャンブル依存症者がいます。
「生活するには足らない、わずかな年金をすべてギャンブルにつぎ込み、路上生活をしています。それでも止められないのがギャンブルです。自死した野宿者や、空き缶拾いなどで一生懸命稼いだお金を、食には使わずにすべてギャンブルに使って亡くなってしまう野宿者もいました」
マイナスの社会的費用説明せよ
市内4カ所で政策局が開催した「市民説明会」。戸塚会場に参加しました。
「カジノ企業からの報告を説明しただけなんです。だって、まだ『白紙』のたてまえでしたから、横浜市は、市としての報告は1回もしてないんですよ。マイナスの社会的費用はいくらなのか。社会的孤児となる依存症者の子どもたちをどう救うのか。社員が依存症になって労働力を失う企業への補償はどうしていくのか。市民には提示されないままです。政策局の試算を出させる質問を野党議員に期待したい」
「カジノができれば、市の職員は深く関わることになりますよね。依存症者の対応をするより、新たな依存症者をつくらないほうがいい。非正規雇用で貧しくされて、一攫千金くらいしか夢を見られなくされている若い市民を自治体がカジノで依存症に貶める方向へ向かおうとしているのは悲劇です」
越智祥太さん(ことぶき共同診療所 精神科医)
内科医として患者とかかわる中で、心療内科を志すように。心療内科医になるために精神科の病気を学ぶうち、その奥深さに触れて現在に至ります。「福祉医療関係者として、カジノを許すことはできません」。