【第169山】世附権現山1,019m(神奈川県)湖衣姫と従者と

 新松田駅からバスで西丹沢に向かう。しばらくは深い山間の谷の中を進むが、坂を上りトンネルを抜けると、不意に丹沢湖の広い湖面が現れ、閉鎖的風景に飽いた目にはなんとも新鮮に映る。対岸には緩い三角形のゆったり系、それでいてシャープにも見える山姿が目に留まる。四方に十二単の様な裾を引いて、何本かは丹沢湖に没する。湖面に投影するその姿は、差し詰め「湖衣姫」とでも呼びたくなるような颯爽とした清々しさだ。

 本来の山名は宗教的で、どうにもいかつい。本名は単に「権現山」なのだが、同じく丹沢の上流部にもうひとつ権現山があるので、区別のために山麓の地名を接頭に持ってきて、この名で呼び習わされている。

 さて、姫の良さはその姿ばかりではない。登ってみても存分に満足できる山だ。それは山頂から山麓の多くが自然に覆われ、上部にはブナの良好な樹林が見られることに他ならない。緩やかで広く、何段かに分かれた山頂部の心地よさは格別。姫君は季節ごとに衣替えをする。瑞々しい新緑、艶やかな紅葉。そして葉を落としきった冬場も、細密な枝ぶりが蒼天に映える様は凜とした佇まいである。

 さらに姫君には従者がいる。山頂から西に続く稜線上のお隣で、僅かに頭をもたげるミツバ岳がそれだ。従者らしく山容は控えめでスギ林が大半、登る人も稀なのだが、年に1度、主役に躍り出る。3月下旬、僅か2週間程の間だが、この時ばかりは多くの登山者が山頂を目指す。山頂一帯で三椏(ミツマタ)の花が満開となるのである。

 その三椏。「楮三椏」と言い慣わされているように、和紙の原料となる樹だ。枝分かれがどれも三又になっているのでこの名がある。花は通常のイメージからすると想像もつかない様な特異な形状なのだが、クリームと黄色のツートンカラーが鮮やか。葉の無い時期なので、ツツジの如く華やかに山上を彩ってくれる。とりわけ、背後の未だ真っ白な富士山とのコラボが実に見事だ。艶やかな花かんざしを付ける従者もまた、湖衣姫の自慢といっていいだろう。

◆おすすめコース
細川橋バス停―権現山―ミツバ岳―浅瀬入口バス停(4時間半:中級向け)※ミツバ岳だけなら世附から2時間足らずで往復できる。満開の時期は短いが、ショボショボくらいなら結構花期は長い。

丹沢湖から見る湖衣姫の艶姿 ( 上の画像をクリックすると大きく表示します )

◆参考地図・ガイド ◎山と渓谷社:分県登山ガイド「神奈川県の山」。