差別と植民地主義 身近な「おかしい」を声に。

 あらゆる差別に反対する運動の先頭にいる若者の目に、今の日本社会はどのように映っているのか。イギリスとの違いや、活動への思いを聞いた。(聞き手=編集部)

法律は正しいか

――団体設立のきっかけは?
 イギリスの高校を卒業後、日本へ来て大学進学の準備で予備校へ通っていたとき、貧困や米軍基地といった日本の社会問題について本を読んで知りましたが、直接のきっかけは進学後の経験です。日常的に場の雰囲気に合わせて調子づくようにして差別語が使われていることや、外見から外国人と見なされる人、とくに民族的特徴を備えた服装や髪型、そして肌の色が黒い人たちが過剰に職務質問されても周囲が何もしないことに、違和感を覚えました。

 イギリスでは「おかしいね」と声が上がることも、日本では見て見ぬふりをするのが当たり前になっています。自分の周りで「差別だよね」と言っているだけではダメで、積極的に広く発信する必要があると考えました。

トミー長谷川さん(撮影=2022年10月26日、新宿)
学生団体「Moving Beyond Hate」代表。東京大学4年生。イギリス人の父と、日本人の母を持つ日英ダブル。18歳までをイギリスで暮らした。

――英国では周囲の人々はどのように反応するのか
 日本では、無関心か、ある種の偏見を持っているかのどちらかが多いようですが、欧米では、差別的な罵声を浴びせる人がいたら、「何をするんだ」と介入します。仮に相手が警察官だから怖くて介入できない場合でも、証拠になる動画を撮ろうとします。BLM(ブラック・ライブズ・マター運動)に見られるように、警察機構そのものを、わたしたちを守るというよりは、人種差別的で、有色人種を監視し、いやがらせし、場合によっては殺すという問題意識も共有されています。

――日本人の意識の根底に、何があると見ているか
 日本では法律が正統性を持っています。これは、入管問題にも共通することで、「不法滞在」という言葉があるように、「法律に反しているから取り締まりの対象になるのは仕方ないんだ」という論理立てによって、簡単に説得される人が多いですよね。法律を語ってしまうと、途端に反差別の態度をとることが難しくなるのが日本社会の特徴だと思います。ですから、人間としての直観的な部分、社会正義や普遍的な人権思想だけではなく、「差別はおかしい」という感情も拠り所にして、発信していく必要があると考えています。

ヘイトスピーチ

――これまでの活動では、どのような成果があったか
 成功したのは、大学でのヘイトスピーチを問題化したキャンペーンです。講義の中で黒人差別発言をした教員について、受講生と一緒に、大学に対してその教員の責任を問うように求めて、大学はその教員を次年度以降は任用しませんでした。日本語学校の教員が留学生を差別する発言をしたことを問題化したこともあります。

差別の根 入管制度

 2022年からは入管問題にも取り組み始めました。2021年に国際人道法違反が懸念される入管法改正案を日本政府が国会に提出したことや、名古屋入管に収容中のスリランカ国籍女性が適切な治療を受けられずに死亡した「ウィシュマさん事件」があり、自分たちの身の回りにも僕の友だちにも外国籍の若者がたくさんいますが、彼らがいつ収容されるかわからない、あるいは在留資格の理由で進学できない、いろんな日本社会における差別の根底に入管問題があるので、これに取り組まなきゃいけないと考えるようになりました。最近は、被収容者への面会活動もしています。被収容者との信頼関係をつくり、収容施設内の問題を自身で問題化できるようにエンパワーすることが理想ですが、長い時間がかかります。まずは、面会を通じて分かった待遇や収容理由を問題化して発信することに力を入れていきたいと考えています。なぜ日本に来て、なぜずっと収容されているのか。背景もしっかり発信して、ただ「法律違反なんでしょ」という議論にならないように、ストーリーを社会に伝えることが大事だと思っています。

反植民地主義

――イギリスの入管問題はどうなっているか
 2018年に起きた「ウィンドラッシュ事件」が国民的衝撃を与えました。1948年に西インド移民の最初の一団をイギリスに運んだエンパイア・ウィンドラッシュ号に因んで、戦後のカリブ海諸国からの移民をウィンドラッシュ世代と呼ぶのですが、その人たちが誤って拘留されたり、強制送還されたりした事件です。1970年代以降の何度かの入管法改正によって国籍が失われる以前に、イギリス臣民として生まれた人たちの居住権が脅かされる事態は、大英帝国が「人道的帝国」として巧妙に正当化してきた植民地支配の歴史について、議論を起こすことになりました。米国のBLMにインスパイアされてきた側面もありますが、イギリス独自の歴史的文脈で植民地と外国人差別の問題が理解されたのです。

 反植民地主義の抗議行動では、僕の地元でもあるブリストルでも2020年に奴隷商人の銅像が引き下ろされて港に投げ捨てられました。奴隷貿易で富を得た人を称賛してきた歴史を問題視したということです。

 イギリスではオックスフォード大学で植民地政治家だったセシル・ローズの石像を撤去する動きも起きました。歴史の問い直しです。

人間の直観へ

――日本は植民地支配で富を得た歴史を日本資本主義の発展として無批判に記念している。「脱亜入欧」「征韓」を問いなおす大きな動きはない。イギリスでは運動をZ世代がけん引しているのか
 米国では「GenZ」と呼ばれる世代が、SNSやTicTokを駆使しつつも、思想と実践はラディカルで、一つの波を起こしていますね。スタバの労組の結成などもそうです。同じように、イギリスにも社会問題に関心のある若者が増えていて、急進的な直接行動を支持しています。

 日本社会ではまだそういった流れで言うところのZ世代は現れていないと思います。入管制度を植民地主義の遺産だと言うことはできますが、日本ではそれで問題化することは難しいでしょう。もっと身近なところから、「一緒に地域に暮らす人を強制送還するのはおかしいでしょ」みたいな人間としての直観的な感情も拠り所にして、情報発信できたらと思います。