【第244山】にゅう2352メートル(長野県)珍名からメルヘンへ

 表題の山名を見て「なんのこっちゃ?」と思われた方も多かろう。信州は八ヶ岳、その中央部に位置する岩峰に付けられたネーミングである。森の中から唐突に突き出た姿から、「ニューッと飛び出しているから、にゅうなんだろう」と解釈する人もいるが、円柱形に積み上げた稲わらを指す「にう」に姿が似ているからという説が有力だ。実際、付近の山道を歩いていると、様々な看板が出てくる。「にゅう」「にう」「ニュー」「乳」……名称として発展途上にあるのかもしれない。

 八ヶ岳のメインルートから外れていることもあり、かつては静かなピークであったが、珍名に惹かれてか近年ではだいぶ訪問者が増えてきた。シーズンの休日など押すな押すなの大盛況になることも。お目当ての岩峰は岩が積み重なっているが、格別危険ということはない。突き出た姿の裏返しで、遮るものの無い360度の大パノラマが展開する。南八ヶ岳の険しくも美しい主峰群、対照的にたおやかで丸みを帯びた北八ヶ岳の山々。森の中に佇む白駒池の青。さらに遠方には、北アルプス・奥秩父・浅間山などなど、ニッポン中部の山々が一望だ。そしてこれら山の千両役者たちを引き立てているのが、足元を包み込むように広がる豊かで美しい森なのである。

にゅうの岩(下)と森

 上からの見た目のみならず、森の中も美麗である。シラビソなどの針葉樹、林床は岩の上も樹の根っこも一面の苔に覆われ、ふかふかのマントを思わせる。優し気なグリーンに包まれて、まるで妖精が棲んでいるかのような。「にゅうの森」と名付けられた一帯もあり、この名はひとつの岩峰に留まらず、エリアのシンボルとなっている観がある。さらに「にゅう」のキャラが立ってきて、伝説めいたストーリーや、漫画チックな妖精のキャラクターが生まれるかもしれない。人気上昇中の今日、観光の目玉として地元が見逃しはしないと思うのだ。

 山は世ににゅうの岩(下)と森つれ、世は山につれ。特異な山名が人心を捉え、山のありようを変えてゆく。近年のにゅうの盛況を見るにつけ、この先の展開が、楽しくもあり興味深い。

◆おすすめコース
白駒池駐車場─白駒池─にゅう(往復3時間、初級向け)
※白駒池までなら観光エリア。池周辺も苔に覆われ神秘的、にゅうの森のムードは味わえる。
◆参考地図・ガイド◎昭文社:山と高原地図33「八ヶ岳」