【第259山】富士風穴(山梨県)潜りたいのは穴々

 平安初期、富士山北麓の大噴火で、膨大な溶岩流が押し出された。表面は固結しても内部は流動的で、抜けた跡が複雑極まりない洞窟となって残されている。観光地化された富嶽風穴や鳴沢氷穴などは誰でも気軽に探勝できるが、ちょっと冒険心のある人向けに、素人レベルぎりぎりで入れるのが富士風穴である。

 入洞には許可が必要で、予め富士河口湖町役場に申請しておく。装備としてヘルメットとヘッドランプが必携の他、登山靴、レインウエア上下、手袋も用意を。道迷いで名高い青木ヶ原樹海の真っただ中にあるが、車道から立派な道が付いていて迷うことはない。

 径30m、深さ10m程の巨大な縦穴が異界への入り口となる。穴底に降り立つとロストワールドにでも来たよう。急に空気が冷えて夏でも快適。ここから横穴へ、急な梯子を下ると暗闇の世界だ。最奥部まで200mほどだが極めて歩きにくいので、往復に40分ほどみておきたい。足元は岩が不規則に累々と積み重なる。随所に氷が張りつめ滑りやすく、登山経験者ならアイゼン(氷上歩行用の金かんじき)が欲しくなるが、洞窟全体が天然記念物なので、破損防止のために使用厳禁。水溜まりも多くうっかり歩くとボチャン。天井が低い所は頭にガツンと衝撃、ヘルメット様々だ。

 天井からはツララ状の氷、床部からはニョキニョキと氷筍が伸びる。氷の貼りつく岩の色や形状も多彩で幻想の世界。ライトを消せば漆黒の闇世界に。また木材が散乱し明らかに人為的に削られた壁や天井のある空間も。年間を通じて零度前後であることから、明治から昭和初期に蚕の卵を保存していた所なのである。風穴は日本の産業振興にも一役買っていた訳だ。

 やがて全面に氷の張りつめた斜面が現われ、一般人はここで引き返すのが懸命。この先、下りは滑り台そのままだし、上りは四つ這いにならないと不可。さらにその奥は開口が狭く、腹ばいになってずり動かないと抜けられず、探検家の領域になる。

 慎重に往路を戻る。歩きにくさに心も折れてくる。やがて見える入口からの光芒が、これほど嬉しいとは。生還できた喜びを感じられる体験もまた、原始の洞窟ならではだろう。

洞窟内から外の世界を覗く

◆おすすめコース
 富士山精進口登山道─富士風穴(往復1時間10分、中級向け)
◆参考地図・ガイド:「富士風穴」でネット検索を。「富嶽(岳)風穴」とは違うので注意。