三県境のピンポイントに位置する山は、希少な存在として本連載で何山か紹介してきた。全部で30山程の中で最も有名なのが甲武信ヶ岳であり、唯一の日本百名山でもある。旧三国を表す甲斐・武蔵・信濃から一文字ずつを取った山名がなんとも粋だ。また読みがいい。適宜端折って「こぶしがたけ」、リズムのある響きになっている。さらにここの三境ポイントは水系的にも重要で、千曲川(下って信濃川)、荒川、笛吹川(下って富士川)の源流となっている。おそらく、源流たるべき三河川の組み合わせの中では、最も豪華なメンバー構成だろう。
通常は甲武信ヶ岳というと1山単独でイメージされるが、実態はすぐ両隣の二山に挟まれ、三山から成っている。相方には三宝山、木賊山という立派な名が付いていて別峰扱いともいえる。実は甲武信ヶ岳よりも三宝山の方が9m弱高い。一方の木賊山は6m低い。いずれも僅差、これだけの高峰で高さの揃った三山というのは珍しく、これまたこの山の売りといえる。
この三山構成ゆえに、遠方から見た時、地味山の多い奥秩父の中でも、甲武信ヶ岳は見つけやすくなっている。背丈が揃って並んでいる三つ山を目印に探せば良いのだから。盟主である甲武信ヶ岳はその真ん中に位置するが、ボリューム的には一番小さい。名を取り、実は売った格好か。
山頂はギリギリで森林限界を抜けているので、富士山はじめ展望は素晴らしい。お隣の三宝山は樹林に覆われているが、かつてここの一角から三浦半島を見出したことがある。三宝山は長野県に属しているから、逆に言えば半島から長野県が見えていることになる。意外なサプライズだ。
山頂以外は深い針葉樹に覆われていて、周辺の縦走路も派手さはないが、しっとりした山歩きが楽しめる。唯一の例外が、尾根上を北側に歩いた先の十文字峠にある。峠周辺が見事なシャクナゲに覆われていて、シーズンともなると暗めの樹林下にピンクの明りが満ちたように華やぐ。林床を埋める、コケの明るい緑色との対比も鮮やか。花期は短いが、甲武信一党の、登山者への粋なプレゼントなのである。
◆おすすめコース
小海線信濃川上駅(バス)梓山─十文字峠─甲武信ヶ岳─西沢渓谷(12時間:中級向け)
※十文字小屋か甲武信小屋で1泊が必要。十文字峠のシャクナゲは6月初めくらい。
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図26「金峰山・甲武信」