ジャーナリストの伊藤詩織氏が、元TBS記者(ワシントン支局長)の山口敬之氏から性的暴行を受けたとして1100万円の損害賠償を求めた民事訴訟で、東京地裁は12月18日、「合意のないまま性行為に及んだ」として、山口氏に330万円の賠償を命じる判決を言い渡した。
レイプ被害者が「出来得る限りの抵抗をした」ことを証明しなければならない刑事事件に対し、民事裁判は両者の言い分の「どちらがより確かか」が判断される。東京地裁は、同意の上での性交渉だと主張する山口氏の主張を「客観的な事情に合致しない点も複数ある」と退けた。
2015年4月、メディアへの就職を希望していた伊藤氏は、山口氏に誘われ夕食をともにし、その後レイプされた。店のトイレに立った後の記憶がなく、ホテルの部屋でレイプされているときに意識が戻った。
伊藤氏は警視庁に被害届を提出。一旦は逮捕状が出たにもかかわらず、土壇場で逮捕が見送られた。書類送検されたものの翌2016年7月、東京地検は嫌疑不十分で不起訴に。伊藤氏は検察審査会に不服申し立てをしたが、検察審査会も「不起訴相当」と判断した。
一方で民事裁判の判決は、性行為に伊藤氏の同意があったのか否かを争点とした。酩酊状態にあり「合意のないまま性行為に及んだ事実」、「意識が回復して性行為を拒絶した後も体を押さえつけて性行為を継続しようとした事実」を認めることができると結論付けている。
常識的に考えれば、相手の賛同がなければ「同意」とは言えないだろう。「嫌だ」と言っていないからといって、同意したことにはならない。つまり、双方が「あなたとセックスがしたい」と意思表示をしていないのであれば、それは同意ではないのだ。
押し付けられる被害者像
判決後に開いた山口氏の会見。その中で「本当の性被害者」という言葉を何度も用いた。自らが話を聞いたという“本当の被害者”の女性は、「(本当にレイプされたのならば)記者会見の場で笑ったり上を見たり、テレビに出演してあのような表情をすることは絶対にない」と証言しているという。
伊藤氏は被害を公表した直後から様々な誹謗中傷に晒された。会見時に着ていたシャツのボタンを開けていたことに対する非難から始まり、「ハニートラップ」「枕営業」「売名行為」などといった言葉が投げつけられた。レイプ被害者としての身だしなみがあるのだろうか。シャツの第一ボタンまで閉めていれば、もしくは黒いハイネックのニットでも着ていれば、伊藤氏に対するセカンドレイプはおこなわれなかったのだろうか。レイプ被害者は、笑ってはいけないのだろうか。常に暗く、下を向いて、口を閉ざせば満足なのだろうか。
被害者の尊厳置き去り
バッシングによるセカンドレイプだけでなく、捜査や裁判時には様々な質問に答えなければならず、当時を詳細に思い出して語ることが強いられる。それも大勢の第三者の前で、だ。特に裁判では、被害と抵抗の立証のため、加害側を大きな人形等に見立て、自身で被害当時を再現しなければならない。それを記録として撮影される。レイプ被害に加え、尊厳を踏みにじられる場面に多く直面することもまた、被害者が声を上げられない一つの要因だろう。
被害者が男性の場合は更に声を上げることが難しい。「なぜ逃げなかったのか」「意思がなければ男性は性交渉ができないはずだ」。そうした「~はずだ」「~べきだ」という顔の見えない自分勝手な論に、被害者はいつまで苦しまされなければならないのだろうか。
押し付けられる被害者像。それは性別から始まり、服装や表情ひとつにまで「被害者ならば」「被害者のくせに」が付き纏い、「落ち度があったのではないか」「断るのもスキルの一つだ」と責められ続ける。
自分が志す職業の知人、ましてやそれが成功して地位のある者であれば、就職の相談に乗ってもらいたい、アドバイスがほしいと考えるのは当然のことではないだろうか。その感情を逆手に取り、セクハラやレイプをする加害者こそが責められるべきで、被害者が責められる謂れはない。
同意のうえの性行為だと一貫して主張している山口氏。
報道によれば、2人を乗せたタクシー運転手が証言している。酩酊状態で歩けない伊藤氏をタクシーに乗せた山口氏。「駅で降ろしてください」と何度も訴える伊藤氏に対し、ホテルまで行くよう運転手に指示。ホテルに着くと伊藤氏を引きずり出すように降ろしたという。同じように目撃したホテルのドアマンも陳述書を提出しているという。降りることを拒み、引きずられるように連れられたホテル入口では、「うわーん」と泣き声のような声をあげたという。
もう泣き寝入りしない
伊藤氏が実名で顔を出して声をあげたことで、多くの被害者が勇気づけられ、大きな共感が広がった。性犯罪の無罪判決が相次いだ昨年には「もう性暴力に泣き寝入りしない」と、フラワーデモが始まった。
山口氏は、伊藤氏に対して、名誉棄損やプライバシーの侵害を理由に1億3000万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求め反訴していたが、12月18日同日、東京地裁は山口氏の訴えを退けた。「原告は、自らが体験した本件行為及びその後の経緯を明らかにし、広く社会で議論をすることが、性犯罪の被害者を取り巻く法的又は社会的状況の改善につながる」として、公表は公益を図る目的があったと認められると認定されたものだ。
性にかんする話題がタブー視される日本。性被害者が声をあげれば責められ、人権を貶められる社会。今年見直しが検討される刑法にこの判決が、運動がどう生きるのか。
伊藤氏は言う。「誰もが被害者に、加害者に、そして傍観者にならないために」「自分事として」行動してほしい、と。