丹沢と言えば、県内の登山愛好者には当たり前過ぎて、食事におけるご飯のような存在ではなかろうか。そんな「日常の丹沢」の全国に占める地位、特異な成り立ちなどについて触れてみたい。
丹沢は県内唯一の日本百名山である。選定理由は、山地全体のまとまりや雄大さが評価されたもの。個々の山となると、形だけなら大山の独立性が群を抜いているが、残念なことに背が低い。故にエリアを代表する一山にはなりえない。他にも最高峰の蛭ヶ岳や人気の塔ノ岳、その名を抱く丹沢山など名峰が多いが、全国レベルで見れば山脈上の一突起にしか過ぎず、個性において物足りない。が、平凡な山々がスクラムを組み、尾根と谷を複雑に絡ませ、それらが糾合されてまとまりある一大山岳エリアを形成する。その段階で、富士山や槍ヶ岳、剱岳といった錚々たる名山と肩を並べるに至るのである。
山としての丹沢がニッポン中に誇り得るのは、その成り立ちだろう。遥か南、熱帯の海で二千万年近く前に誕生した火山島群が、地球の表面を覆うプレート(地殻)に乗って本州と遭遇した。プレート本体は本州の下に潜り込んだが、表面の旧火山島は潜り込めずに衝突。結果、布団を壁に押し付けたように地質をぐにゃりと曲げて山脈として隆起、それが丹沢の母体となった。その後、山地中央部から地下深くのマグマがゆっくり上昇、地表近くで固まって花崗岩となり、さらに山地を押し上げる。
かように丹沢は二重の造山作用によって構成されたため、山の背骨ともいうべき主稜線は激しく屈曲し、夥しい枝尾根を派生させ、全国でも類を見ないほど複雑な山脈構成となっている。通常なら一本線であるはずの主稜線が、殆ど円形を描いている山脈など他にはないだろう。また、食い込んだ山塊が本州中央部の地層を曲げ、関東・中部の広範囲に渡って山地などの形成に大きな影響を及ぼした。丹沢こそ、まさにニッポン中核の地質形成のキーパーソンなのである。
神奈川県で夏季の渇水の心配が殆ど無いのは、海に近い丹沢が豊富にため込む雨水のお陰である。南風を呼び込み、西風を防ぐ。丹沢のあるなしで県内の気候はガラリと違うはず。山とは縁のない一般の方も、あらためて丹沢を見直してみては如何だろう。
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図29「丹沢」※丹沢山地の面白さを視覚的に捉えるのに最適。