数多のハイカーの憧れの的、尾瀬ヶ原。最奥の山間部に忽然と開けた夢の様な空間、どこまでも平らな湿原に森が絡み、無数の池を浮かべ、新緑・花・紅葉と四季折々に絶品の自然美を堪能させてくれる。
とてつもなく広い尾瀬ヶ原は3つのエリアに区分され、それぞれに優れた個性を秘めている。下流に位置するのが下田代で、最も幅があり面積は最大。茫漠としていて、一角には尾瀬ヶ原で唯一、湿原の地平線が見えるポイントがある。次いで中田代は原の中核に位置し、池塘の多さで特筆される。水芭蕉やニッコウキスゲの群落が絵になる情景を生み、尾瀬界隈のポスターや写真が最も多い。
では尾瀬ヶ原で一押しは?と問われれば、迷わず上田代に軍配を上げる。湿原に網の目状の筋を引くように林を配し、背後の山と相まって風景的な繊細さが際立つ。「絵になる」光景で溢れているのである。原の隅角部は山ノ鼻と呼ばれ、山小屋やビジターセンターが揃う。注目すべきは、中央にある尾瀬植物研究見本園なるエリアだ。メインルートから奥まっているので大半の人は素通りしてしまうのだが、ここに上田代ひいては尾瀬ヶ原の自然美が濃縮されている。花も質量ともに豊富だ。ここを見逃す手はないだろう。名前が即物的なのも不人気の一因かもしれない。「OZE幻想ランド」とでもネーミングすれば、誰しも立ち寄りそうに思えるのだが。
さて尾瀬探勝というと日帰り客が多いのだが、じっくり湿原に向き合うのなら尾瀬ヶ原での宿泊を勧めたい。というより現地に泊まることなく尾瀬を語るなかれ、といいたい。なぜなら夕暮れ時と日ノ出前後が、尾瀬が最も美しく煌めく時間帯だからである。人影はまばらで日中の喧騒も去り、尾瀬本来の静寂が蘇ってくる。日は傾き斜光線が湿原に陰影をもたらす。空が斑に赤く染まり、静かにわだかまる霧とあいまって、幻想的なムードがいや増すばかりなのである。
幸い山ノ鼻の山小屋の快適さは下界の宿泊施設と変わらない。入浴はできるし、食事は旅館並み、施設全体が清潔で行き届いている。是非一泊して、朝夕に尾瀬の真髄に触れて欲しい。
◆おすすめコース
鳩待峠─見本園周遊─山ノ鼻(泊)─尾瀬ヶ原一周─鳩待峠(7時間半:初級向け)
※初日に尾瀬ヶ原を周り、翌日に至仏山に登ればより充実(中級向け)
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図14「尾瀬」