【第205山】蝶ヶ岳(長野県)2677メートル 大パノラマと恋歌と

 山名は、蝶がいるからではなく、春の稜線付近に蝶の形の残雪模様が現れることに由来する。北アルプスの中では松本に最も近く、雪形は広く親しまれているようだ。ただ、山の形そのものは冴えない。際立つピークがなく、やたらと高い緩やかな丘の連なりといったところ。それゆえか登山者人気は、北アルプスの中では2線級に留まっている印象がある。

 だがこの山ならではのオンリーワンがある。槍ヶ岳から穂高岳に至る、ニッポン随一の山岳景観の最高の展望台なのである。とにかく位置的条件がいい。とある山が最も立派に見えるのは、標高差500m程の下から目線とされる。それがまずピッタリ。そして槍と穂高のビッグツーがほぼ均等に見えること。どちらにも偏らない、バランスの良い山岳展望を鑑賞できるわけだ。

 のったりとした外見を反映して山頂部は長く連なり、4つのピークを持つ。まずは山小屋の裏にある最高地点。近年はここが蝶ヶ岳本峰とされているが、だだっ広くてハイマツのヤブもあり、山頂感に乏しいのが残念。そこから小屋を挟んで瞑想の丘と名付けられた小ピークがあり、円柱形の方位盤もあって、背は少し低いものの山頂らしさでは勝る。

 そこから離れた稜線上の反対側に三角点のあるピークがあり、かつてはこちらが蝶ヶ岳とされていた。今はなんとなくうらぶれたムードが漂い、元祖蝶ヶ岳といったところか。そしてすぐ隣にあるのが蝶槍だ。槍というより尖り帽子といったスタイルで、狭い山頂はピーク感満点。槍・穂高の眺めのバランスが最も良いのもここなので、多少寄り道になるが外せない。

 以上の4ピークは緩やかな山道で結ばれている。急坂はなく文字通りの稜線漫歩が堪能できる。恋人同士で連れ歩くのに最適なような。そしてこの山には「蝶ヶ岳讃歌」なる山の歌がある。歌のラストは「貴方と登りたい蝶ヶ岳」、ズバリ山の恋心を詠っているではないか。実は特定の山をテーマにした山歌はあまりない。北アルプスでも数えるほど。2線級などとんでもない。その良さをこよなく愛する岳人が多い、玄人好みの名峰といえるだろう。

◆おすすめコース
三股登山口─蝶ヶ岳ヒュッテ(泊)─蝶槍─横尾─上高地(約11時間:中級向け)
※このパターンなら夜行を使わず、1泊でエッセンスを堪能できる。
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図38「槍ヶ岳・穂高岳」

蝶槍から望む槍・穂高連峰