伊豆半島の天城山と言えば6月のシャクナゲがあまりにも有名で、シーズンには無数のハイカーが群れてくる。ただ行動範囲の大勢は、伊東を交通起点とする山地の東側エリア限定だ。が、人の少ない天城連山の西側こそ、当地ならではの森林美に満ちている。
半島のヘソに当たる、踊り子で有名な天城峠付近からスタート。一番手は天城の瞳とも称される八丁池だ。高い山上部に大池が忽然と現れる不思議さ、そして深山ムードなどどこにもなく、ひたすら明るいのがここの自慢だ。池畔に拡がる草原に寝転んで1日中過ごしたくなるだろう。
ここから天城特有の美林が始まる。ブナ(橅:ご存知ニッポン寒冷帯の主役)、ヒメシャラ(姫沙羅:スベスベの赤茶色の樹肌が美しい)、アセビ(馬酔木:常緑低木)の3種が主役で、場面場面で配役が変わり、所によってはオールスターキャストとなる。特筆すべきは下生えの草木がなく、一面の落ち葉の上に疎林が広がっているため、すっきりした品のある光景となっていることだ。しかもこのルートは緩やかな道が上下するばかりで、まるで公園の森を逍遥する気分で歩けるのである。公園の森と聞くと興ざめかもしれないが、かような光景が数㎞に渡って続くのはやはり尋常ではない。下草が見られないのは自然本来の望ましい姿とは言えない側面もあるのだが、この美しさを目にしていると、素直に愛でる気持ちになってしまう。
極めつけは、ちょっとコースを外れるが、古い火口にあたる皮子平の景観だろう。底の平地は火口壁に囲まれ、ロストワールドにでも降り立ったような気分に浸れる。鮮やかに苔むした岩や石の群があちこちに散らばり、天城ナンバーワンを誇るブナの巨樹や、植林されたかのようなヒメシャラ若木の群れなどに、大自然の驚異をしみじみと感じる仙境なのである。
こんな森風景は、最高峰の万三郎岳を境にガラリと変わる。下草に灌木、なんでもありの、よく見る森になる。天城を訪れる大半の人が、こちら東の一面しか知らないのは勿体ない。西の「疎」から東の「混」へ、長丁場だが1コースで対照的な自然美を味わえる山として、もっと歩かれていい。
◆おすすめコース
八丁池口─八丁池─皮子平─万三郎岳─天城高原ゴルフ場(6時間:中級向け) ※横浜からだと日帰り圏ギリギリなので、日の短い秋よりも春から初夏の方が余裕が持てる。
◆参考地図・ガイド ◎昭文社:山と高原地図31「伊豆・天城山」