表丹沢でハイカーに不動の人気を誇るのが鍋割山だ。どのコースを取っても歩行時間は5時間を超え楽な山ではないのに、休日ともなればこの山だけを目指す登山者が引きも切らない。
そんな人気とは裏腹に、恰好いい山ではない。起伏の少ない尾根上の突起の一つに過ぎず、また肝心の山頂のすぐ隣に、より背の高いピークがあるので、余計に見栄えが冴えない。下界や丹沢の山中から、この山を特定するのは至難の業だ。それでは山頂のムードはどうか?眺めは良い。山頂南側からは相模湾が、少し移動して西側からは富士山方面がよく眺められる。お隣の塔ノ岳の様な、遮るものなき一面の大パノラマというわけにはいかないが、区切られた分、周辺の樹や森に挟まれた構図がなかなか決まっている。額縁効果とも呼ぶべきか。しかし、この山独自の人気の源がある。それこそが山頂にある鍋割山荘なのである。
鍋割山といえば鍋割山荘というくらい、そのイメージは強い。小屋番のK氏が数十年にわたり経営されており、独力で道の整備をするなど、鍋割山登山の便宜を図ってこられた功績は大。また、なかなかの商売上手でもある。登山口に多数のペットボトルを置いておき、山の力自慢たちが水を詰めて山頂に運び上げる。本来なら多額の労力と費用をかけねば確保できない山上の水を、訓練勧奨と自負心をくすぐることで調達できてしまうのだから。
そして決定的な名物が鍋焼きうどんである。鍋割山の鍋焼きうどんとは、絶妙のマッチング、宣伝効果は絶大だ。お値段は山上の食事の相場からしても安くはないのだが、休日など行列が当たり前。では肝心の味はどうかというと、文句なく美味しいという人もいるし、ここまで汗水たらして登ってきて身体が水分と塩分を欲しているから、旨いのは当然と冷静な判断をする人も。
もうひとつ、この山頂ならではの名物がある。小屋番のK氏が厳しい方なのである。山小屋や商品のやり取りに独特のルールがあって、お客と言えども外れることは許されない。古き良き昭和の名残と捉えるか、令和の今日にはそぐわないと忌避するか? 各自で登って、見て、感じて欲しい。山の営みの在りようの、過去と未来に思いを馳せるきっかけになれば。
◆おすすめコース
寄バス停─櫟山─鍋割山─大倉尾根─大倉(7時間:中級向け)
※余裕があれば、お隣の塔ノ岳まで足を伸ばしたい。