市民が求めていることは「市民の声はなぜ届かなかったのか」「市政の重要課題に関する市民の意思はどうして確認されなかったのか」ということについての検証であり、反省であろう。どのように横浜市役所が住民自治を回復させようとしているのかを市民は知りたがっているし、期待しているはずだ。残念ながら報告書に記述が見当たらない。
市民は カジノ誘致を“理解”していなかったのか
2018年に国会でギャンブル等依存症対策基本法やIR整備法などが成立した、翌2019年、本市は前市長による市民向け説明会を開催する。まるで誘致は決定事項だと言わんばかりの態度、他都市に比べて横浜だけが極端に宿泊客を取り込めていないなどという虚偽情報の提示、プラスの側面だけを強調して負の社会的コストは示さない不誠実、誘致の是非に関する意見は受け付けない進行に、この時期、市民と市との間に決定的な亀裂が入った。
ところが、説明会後のアンケートで「IRの理解が深まった・やや深まったとの回答が約4割」あったことを、当局はその後の誘致決定の主な理由の一つとしていたそうだ。
中間報告に対する市民意見ですでに市民が指摘しているが、「理解が深まった」には「『市当局の言いたいことは分かった』ということであり…『賛同』の意味はまったくない」という回答も含まれる。当局説明の内容を理解することと賛否が比例するとは限らない。4割の賛成をすでに得ていて残る6割について「丁寧な説明を通じて、市民理解を深めていけると考え」ていたなら安直に過ぎる。
大幅に下振れリスク
ところで、「振り返り」には「外部有識者からの考察」という形で、これまで本紙の連載で明らかにしてきたのと重なる問題指摘の記述がある。
一つは、誘致による市政運営財源の増収効果。公認会計士・井上光昭氏の試算だ。
本市の示した来場予想者数の中間値や周辺国のIR内カジノでの一人当たりの消費単価を用いて算出したところ、309億~615億円となった。本市の説明(これは独自試算ではなくIR事業者の言い値だった)は820億~1200億円だったが、その半分程度で、「大幅に下振れするリスクがあることを示す結果となった」。それも、新型コロナ感染症の影響は加味されていなくとも、だ。
整備費用は市の負担
なおかつ「IR整備の推進に関する費用については、設置自治体が負担することになっている」ため、「市の負担する費用が経済効果より大きければ、市税を投入して負担しなければならなくなる」し、「依存症対策・治安悪化対策に関する直接的な費用の他に、社会的経済コスト、負の影響というものも議論になった」という、これまた本紙の過去記事と一致する見解も記されている。
すべて黒塗り記録なし
誘致にかかわる手続きの問題に言及しているのは神奈川大学法学部教授の幸田雅治氏。
事業者選定のための横浜IR協議会や有識者委員会はほとんどの協議が非公開で、議事録も簡易なものしかなく、「重要な方針がどういった議論を経て決定されているのか、外部から検証できない」。2019年の誘致決定時と2021年初の実施方針策定時の前市長、副市長と担当部局の幹部職員とのやり取りの記録の開示を請求した結果は、「『非開示』の決定をし、記録すらないという回答だった」ため、「議論の証拠がない、あるいは決定を支える根拠がないという解釈になる」。また、事業者へのヒアリング内容などについての情報公開請求では、算出の根拠になる部分は「ほぼすべてが黒塗り」で、「政策決定を支える根拠が公開できないということは、政策決定自体に根拠が無いということになる」。
中間報告の記載に関しては、誘致を推進する横浜商工会議所等の動きの記載と併せて反対する市民の動きを記述しないことは「公平性を欠くと言わざるを得ない」。市会の議論を整理している箇所では、疑義のあった誘致の根拠となるデータに関する質疑、前市長の資質に疑問を持たれる答弁を一切抽出せず、住民投票に関して前市長の意見と答弁のみを記載する、「偏った中間報告」であり、「不十分であるのみならず、不適切かつ有害」と断じている。
依存症対策に敬意がない
公益財団法人ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子氏は、本市の依存症対策について、手厳しい見解を示している。「横浜市のギャンブル依存症対策予算は6千252万円にとどまった。(うち3千万円が国の補助金)」、「その上、国が掲げるギャンブル依存症対策に尽力する民間団体への経済支援で、国と地方自治体が折半で補助金を拠出するという制度を、独自の判断で事業の半額しか出さないと決めてしまった」ため「民間団体が最も費用を負担しなくてはなら」ず、「何度も抗議を申し入れたがついに受け入れられなかった」という。
「カジノ推進を掲げた政令指定都市として…割く予算が少なすぎる上に、民間団体が担う役割に対してリスペクトのない姿勢が非常に残念」と田中氏に言わしめた本市の対応は、福祉保健センター職員らが伝統的に続けてきた、依存症の回復を支える社会資源の創出と連携の努力にも逆行していると言うほかない。それらは、田中氏の言うように「一体どこが世界最高水準だったのか不明である」。
カジノ解禁の口実
本紙の以前の指摘と一致するが、田中氏も書いているように、入場規制の「7日間で3回、28日間で10回は十分依存症レベル」だし、そもそもギャンブル等対策基本法については「残念ながらカジノを作るための口実に利用された感が否めない」。諸外国では「ギャンブルから吸い上げた国庫納付金の一部をギャンブル依存症対策に回すという仕組みになっている」が、日本では「この目的税が規定されていない上に…ギャンブル産業と利益相反への規範がない団体が依存症対策をやるという、まさにマッチポンプが成立してしまっている」との指摘も重要だ。「カジノ開設前にギャンブル依存症対策を盤石にして、総体的に既存のギャンブル依存症者まで減らす」という推進派議員らの主張にかつて共感した同会は現在、スタンスを変え「カジノ誘致には懸念を抱いている」。
「適切な情報発信」の深意
「振り返り」を最終章まで読み進めてみて、あっけにとられた。副題に「なぜ、横浜市においてIRは市民の理解を得られなかったのか」とある。もしかして「市民は十分に理解して反対していた」という事実を、報告書をとりまとめた本市の機構は認めていないのだろうか? そうだとすれば、カジノ誘致が主要な争点だった市長選挙で山中竹春市長が当選した事実の否定にもつながる、ガバナンスの否定ともとれる。
すると、「振り返りの中で得られたこと」であり、「事業を進めるなかで学んだこと」に、「(市民の理解を得るためには)市民が求める適時・適切な情報発信・共有が重要であることを改めて認識するものとなった」ことを挙げているところには危うさしか感じない。せいぜい漫然とした「お役所体質」の惰性をさらけ出しただけであってほしい。
まさか反対が見込まれる政策を強行する日に備えて巧妙な情報戦の決意を新たにしたわけではない、と市民は信じていてもよいのだろうか。