この7月から、紙幣が新札に切り替わりつつある。旧版は2004年に世に出たものだが、その中で野口英世の肖像が描かれた千円札は、裏面の図柄が本栖湖から眺めた富士山の構図だった。その富士山の前衛に二つの山が見える。左手が大室山で、この連載が始まって間もない頃に紹介したもの。右手には山脈の末端が見えるが、これが竜ヶ岳に当たる。尾根が二つ重なっており、図の右欄外で両者がつながった先に竜ヶ岳の山頂があるのだが、描かれているのは山全体の5分の1程に過ぎない。
竜ヶ岳はハイカー人気が高い。登りやすい割に山上部からの展望が素晴らしいからだが、お札の図柄の山と知って登る人は少ないようだ。本栖湖畔から2本の登り道があり、それぞれがお札の絵中の二つの尾根上に付いている。ガイド本などでは後方に当たる尾根から登り、山頂を経て手前側の尾根へと下るコースが紹介されているが、実は逆回りの方がいい。この理由は登ってみればわかる。
登るに従い、樹の梢や葉っぱの背景に本栖湖が見えてくる。とてつもなく青い湖面が目に鮮やかだ。斜面は急だが道はジグザグで無理がない。傾斜が緩むと樹林が切れ一面の笹原になり、ほどなくもう1本のルートと合流する。ここからの富士山は遮るものがなく、山頂から裾野までを惜しみなく晒して豪快この上ない。裾野は広大な青木ヶ原樹海で埋まり、富士山を取り巻く山々、西湖なども見え、贅沢極まるパノラマを満喫できよう。そのまま意気揚々と山頂へ。平坦で広大なスペースで休憩は思いのまま。山頂の裏手に回ると、南アルプスや八ヶ岳も見え、正に展望の申し子といった山だ。
下りに取るべきもう一つのルートからは富士山が真正面に見え気分爽快。ガイドに逆らったのはこのため。ここを上りに取ると富士山が背中になってしまうのだ。お札図柄の後方尾根の中ほどまで下ると、本栖湖と背後の南アルプスが素晴らしいポイントがあるのでお見逃しなく。
新札にも山の図柄を期待していたのだが、千円札に北斎の富士山がちらりと載るのみ。ならば旧札の竜ヶ岳は尚のこと貴重な存在だ。旧札を懐かしみつつ絶景に浸っては如何だろう。
◆おすすめコース
本栖湖キャンプ場︱竜ヶ岳︱反時計回りに下山(4時間、中級向け)
◆参考地図・ガイド:昭文社 山と高原地図34「富士山」